Rhapsody

  -ゆるやかに流れる時間の中、僕と君だけが凍り付いていた



スポンサーサイト


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
No. / --.--.-- --:-- / スポンサー広告 // PageTop▲

夢幻泡影〔3〕


夢幻泡影〔3〕

「なんとなく……」
下りた静寂、気まずい沈黙。
ひとつ、ふたつと呼吸を重ねてゆく度、何かが軋む音を聞いた。
張り詰めた線がプツンと弾けてしまう前に、溜め息を吐くようにやんわりと少女が言葉を紡ぐ。
「気付いては、いたのよ。薄々という程度ではなく、ね。その写真を撮ったのは、もう随分と前になるの。それなのにおかしいじゃない? あの子がいなくなったときのままなんて――常識的に考えたら」
切り取られた記憶の中で、幸せそうに笑いあうムウマージと少女。
なにを言えばいいのか皆目見当も付かず、ただ少女の思いを受け止め続けた。
伝わってくる思い、胸を苛(さいな)み続ける痛み。
本当は言うべきではなかったのかもしれない、と今更のように思いながらほぞを噛む。
マツバが視てしまったもの――目の前にいる少女の姿。
ムウマージを探して欲しいと言われて、だ。
目の前で寂しそうに微笑んでいる少女は、どこをどう見ても人間にしか見えない。
だが視てしまった以上、たとえそれがどんなことであろうと伝える義務がマツバにはある。
今まで千里眼が偽(いつわ)りを映したことは一度もなく、いつもそれは残酷なまでの真実をマツバに視せてきた。
だから、今回もそうなのだろう。
これは仕方のないことだ――そう思わなければ耐えられそうにない。
少女は見透かすような瑠璃色の瞳を先ほどから無言のマツバへと向け、小さく笑いながら言葉を紡ぐ。
「いいのよ、『千里眼』の。わたしだって自分でもおかしいって思っていたから。わかっていた――わかっていたのよ。でも、それでも……わたしは探し続けた。そんなことはない、と自分に強く強く思い込ませて」
それは会話と言うより、独白だった。
伝えてしまった以上、聞く義務が発生する。
マツバにできることは、少女の独白をただ黙って聞くことだけだ。
……そのことをわかっているのか、あまり間を置かず少女は続ける。
「あの子はこの世界のどこかで生きているんだ、わたしを待っているんだ……って。それはやっぱり思い込みでしかなかったけれど、それだけを考えてずっと生きてきた」
あなただって、そう思うでしょう――と、その瞳が語っている気がして、マツバは思わず視線を外してしまう。
自分と少女の立場を置き換えて考えてみれば、それはその通りだと答えるしかなかった。
少女は目を合わせようとしないマツバから手元の写真へと視線を落とし、過去に思いをはせるように掠れた言葉を紡ぐ。
「あの子がいたときは、普通じゃないからと化け物扱いされてもなにも思わなかったのに……不思議なものね、今は自分がかわいそうだと心の底から思える――かわいそうな人間なのね、わたしは」
マツバは顔を上げ、何を思っているのかを視るためではなく、ただ真っ直ぐに瑠璃色の瞳を見つめる。
視線の先で少女の笑みが苦笑いと微笑みを足し、二で割ったような曖昧なものに変わった。
「どうしてあなたが泣きそうな顔をしているのよ。どうしたらいいか困ってしまうじゃないの。わたしも泣いてしまおうかしら? そうしたら、あなたに慰めて貰えるかもしれないわね」
「……慰めて欲しいのかい」
「冗談よ。遠慮しておくわ、なんの意味もないもの」
そうして寂しそうに少女は笑み、マツバから視線を外して骨張った指を軽く組んだ。
そこで会話が終わり、何度目かわからない沈黙が二人の間に下り、静寂が訪れる。
いったいどうすればいいのか、何を言えばいいのかわからない。
だが、このまま黙っていれば、この静寂は永遠に続きそうだ。
そうして、時を刻む針が十五ほど進んだころ、ようやくマツバが口を開く。
「僕も、そうだった」
視線が重なり――向けられた瞳の深さに思わず言葉が詰まる。
震えそうになるのを必死で押しとどめ、ゆっくりと自分自身を刻む言葉を紡ぐ。
こんなことまで話すべきではないと心のどこかで思ってはいたが、一度口を出てしまった以上、それを止めることはできそうにない。
「自分が、とてもかわいそうな人間なんだと思ってた」
「今は違うのね」
「僕には側に居てくれる人が居るから。普通じゃない僕のことを、[普通]だと言ってくれるそんな優しい『たったひとり』が」
マツバにはあって、少女にはないもの。
少女がまだあると信じていたもの――マツバがどこにもないと気付かせてしまったもの。
しまったと思ったが、もう遅い。
少女の顔から微笑みが消える。
笑おうとして崩れた、泣き顔のような表情。
口元を押さえた指の間から、震える言葉がぽつりぽつりとこぼれ落ちた。
「そういうことを……言ってくれる人がひとりでもいるのは、幸せなことよ。とても幸せなこと。自分で自分をかわいそうだと言うことほど、かわいそうなこともないのだから」
そこで一旦少女は言葉を切り、上を向く。
深く息を吸い、吐く行為を何度か繰り返し――やがて、少女は溜め息を吐くように紡いだ。
「あなたが羨ましいわ」
「きっと――」
絶対の自信を込め、間髪入れずマツバが言う。
「君とも友達になれると思うよ。僕に親友になってくれと言うような人だから――彼は」
数秒ほど間があいて、少女のくぐもった声が骨張った細い指の間から漏れた。
どうやら、声を上げて笑ったようだ。
「嘘じゃないのね、とっても素敵よ」
それなら、と言おうとしたマツバの表情が強ばる。
視線の先で、少女の姿が薄まったように見えたからだ。
見間違いかと目をこすり、再度見つめる――そこに映ったのは、残酷な現実。
「残念だけれど、わたしにはもう時間がないみたい。この体はあの子のもの、わたしの体はもうどこにもない。そして……あの子の心も。わたしたちがこの世界のどこにもいないことを、思い出してしまったから」
思い出させてしまったのは――と叫びかけたマツバを少女が手で制止する。
浮かべていた笑みは、自分が既に死んでいたということを理解したとは思えないほど穏やかだ。
対照的に悲痛な表情を浮かべているマツバの頬に、折れそうなほど細い指が触れた。
そっとその手を握り……伝わってくる冷たさに、針で突かれたような鋭い痛みが走る。
震える唇からこぼれ落ちるのは、謝罪の言葉。
「いいのよ、あなたのせいじゃない。わたしはあの子と生きたかった。あの子はわたしと生きたかった。ただそれだけの……下らないことだといわれそうだけれど、それがわたしとあの子の夢だったから」
「下らなくなんてない。言わなければ――伝えなければ、君はまだ夢を見続けられた。僕が、君を……」
その言葉の続きはない。
後悔、悲壮、罪悪、一番強いのは自分がしてしまったことに対する恐怖。
それに押しつぶされそうになるマツバへと、これ以上ないほど優しい声が紡がれる。
「もう、あなたのせいじゃないと言っているじゃないの。そんなわけがない、と目を背け続けるのにも、いい加減疲れたから。きっかけは何でも良かった。たまたまそれがあなただっただけ」
視線を上げた先に、少女の穏やかな微笑み。
「忘れていたのよ、もうとっくの昔に終わっていたことに。夢は泡のようなもの、ぱちんと弾けて消えてなくなる。先延ばしにしてきたけれど、今がその時――ただ、それだけのこと」
「うん……」
小さい子供のように、マツバが頷いた。
それ以外に、何ができたのか。
「そう、いい子よ。あなたは悪くないの、なにも。夢を見るなとは言わないけれど、夢に生きては駄目よ。わたしのように消えてなくなること以外を選べなくなってしまうかもしれない。あなたは大丈夫だろうけど……一応ね」
頬に触れている指の感触が、徐々に消えていく。
マツバはどうすることもできず、ただその瞳を見つめていた。
何も考えられない、消えようとしている少女へとかける言葉一つ見つからない。
「ねぇ――もしかしたら、なんてことはありえないけど、あなたやあなたの『たったひとり』にもっと早く出会っていたら……なんて、やっぱりやめ。そんなことを言っても仕方ないのにね」
消えゆく少女と、花の香り。
小さく頷いたマツバを見て、瑠璃色の瞳を嬉しそうに少女が細める。
そっと頬に添えたままの指を離し、光の降り注ぐ縁側へと少女が歩みを進めた。
長い黒髪が風に吹かれてふわりとなびき、花の香りが強くなる。
必死で笑おうとしているマツバの方を振り向くことなく、少女が静かに言葉を重ねてゆく。
「そろそろ行かなくちゃ。泣いちゃだめよ『千里眼』の」
「泣かないよ――だって、君は君の『たったひとり』に会いに行くんだろう?」
「そうね、ちっとも悲しくない。むしろ嬉しいとさえ思うわ、本当にありがとう。でも……ちょっと残念ね、あなたの泣いている顔を見てみたかったのに」
黒い髪が日の光に透け、終わりが近いことを伝えている。
「昔見た夢の話を思い出すわ――わたしの心がこの子になったのかしら、それとも、この子の心がわたしになったのかしら。でも、きっとどっちでもいいのね」
そう言って少女は太陽に向かって両手を広げマツバへと振り向く。
そして今まで見た中で一番の明るい笑顔を向け、唄うように紡いだ。
「さよなら、もう一人のわたし。お幸せに」
その笑顔が、指先が、日の光に溶けるように消えていく。
手を伸ばすことも声をかけることさえもできず、マツバはただそれを見つめていた。
後に残った強い花の香りだけが、確かに少女がここにいたのだと教えている。
ここにきて、ようやくマツバは少女の名前を聞いていなかったことに気付く。
結局、最後までお互いに名前を呼ぶことはなかった。
すべては終わってしまったことだ、今更後悔したところでどうしようもない。
終わってしまった今だからこそ、マツバは少女が自分に良く似ているというより、そのものだったと冷静に思うことができる。
夢の中でしか生きれない――ああなってしまっていたのは、もしかしたら自分の方だったのかもしれない。
マツバと少女の明暗を分けたもの。
こっちにも道はあると示してくれる、自分を恐れることなく側にいてくれる存在。
少女にはなく、マツバにはあった――その程度。
呆然とした表情のまま、マツバは少女が熔けて消えた場所へと向かう。
降り注ぐ日差しは暖かく、すべてが夢だったとでもいうかのように穏やかだ。
「さよなら、もう一人の僕。お幸せに」
口角を僅かに上げ、口元だけでも笑おうとした――が、絶息のような溜息が漏れるだけで、それは笑みにならない。
身を刻むような感情から目を反らすように空を仰ぎ、目を閉じる。
花の香りが完全に消えてしまうまで、マツバはずっとそうしていた。

載せるのが遅くなってしまって、申し訳ありません!しらはゆづる様orz
瑠璃君はこの少女が好きですwマツバさんも大好きですけどねw
No.133 / 2010.07.30 17:48 / ポケモン / Comment*0 // PageTop▲
  


material by Sky Ruins & ATP's 素材置き場 / template by キミの、となり。
/ Admin
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。